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2002年11月 3日

ゴンザレス凱旋

 カタールで行われていたAFC U-20選手権。日本は決勝戦で韓国にVゴールで敗れ、またしても優勝はなりませんでしたが、堂々の準優勝を果たしたU-19日本代表の主将・ゴンザレスこと今野泰幸が帰札しました。考えてみれば、ルーキーイヤーの頃からユース代表に呼ばれ、ワールドユースも当確と思われながらも、時の西村監督が大いに嘆いたといわれる骨折によってワールドユースを棒に振った今野にとっては、今回のAFC U-20選手権が初の強豪チームを相手にしての真剣勝負の大会。主将としてチームを引っ張り、胸を張れる結果を残したことによって得たものは大きかったのでしょう。クラブのオフィシャルサイトに載っていた写真を見ると、チームを離れていた1ヶ月ほどの間にずいぶんとたくましくなったなぁと感じました。
 しかしながら、大熊監督の絶大な信頼を裏切ることなく随所にいいプレイを見せ続けながらも、ついぞテレビ朝日の実況アナウンサーには「精神的支柱」としか言ってもらえず、練習中に鼻を強打して鼻骨骨折の疑いのまま30度を超す中東でチームを引っ張り続けていた間に、当の所属チームはJ2に落ちてるわ札幌には雪が降ってるわで、若きゴンザレスにとっては世をはかなむには充分すぎるほどの材料が揃いすぎているわけですが、鼻はまだ治っていないでしょうし、時差ボケや急激な温度変化による体調を崩すかもしれませんので、もうムリして試合に出てくる必要は全くないわけですから、とりあえずはゆっくりと休んで疲れを取ってもらいたいものです。

 つっても、次節はビジュが出場停止なんですが。

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