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2004年10月 アーカイブ

2004年10月 2日

とりあえず復活

 というわけで皆さんお待たせいたしました。暫定ではありますが、とりあえず復活いたしました。つーか、予定より大幅に遅れた上にまだ完成してないんですけどね

 イヤまぁ、当初は「1~2日ありゃ何とかなるだろ」と思っていたんですけど、ここまで厄介だとは思っていませんでしたね。今までの過去ログはそのまま過去ログとして分ければよかったものを、何を思ったか全てblogとして移行してしまえと思い立ってしまったのが全ての悪夢の始まりでした。気がつけば大量にたまっていた過去4年間ぶんの文章を、ひとつひとつ開いてコピーして、MovableTypeのエントリー投稿画面にペーストしてタグを入れて…というような地道な作業を寝る時間も削って行っていたのですが、これが骨を折るを通り越して複雑骨折な作業でして、まだ半分も終わってないんですよ。もっとも、既存のページで今まで多少変えたいと思っていてなかなか出来なかった部分を直したり、作業が残っているのについうっかり飲みに行ってしまったりしなければもっと進んでいたハズなんですけど。
 とにかく、このままではいつ移行が終わるかわからず、全て終わってから公開するのではページを閉鎖したと思われかねないため、とりあえず開始から2001年前半までと、それと今年に入ってからのログを移行させた現時点で暫定公開に踏み切ることにしました。

 そんな感じで色遣いなどは今まで通りのスタイルにしたのですが、そのためかレイアウトなどかなり苦労をした割にはさして代わり映えのしないページになってしまいました。まぁ、リニューアルしてウェブログなんて導入してみたはいいものの、その実「トラックバックって何? トラップミスならうちの9番がよくやるけど」とかいうレベルなんで、これからまたいろいろ勉強していこうと思います。
 コメントにつきましては、過去ログに関しては受け付けていませんけど、以降は実験的にオープンにしていこうと思っています。状況によってはクローズ(登録制)にしたりなくしたりするかもしれませんけど、記事に対する感想やツッコミ等ありましたらどしどしコメントしてください。掲示板も引き続きご利用いただけます。

 というわけで今のところまだ中途半端な状態ではありますが、過去ログの移行は引き続き行っていきますし、またレイアウトなどデザインもちょこちょこいじることがあるかもしれませんが、4周年を機に生まれ変わった「サッカー百鬼夜行」をこれからもどうぞよろしくお願いします。よろしくお願いしてくれないと泣きます。

2004年10月 3日

ヤンツー節

 過去ログは引き続き鋭意移行中。2001年分のログを全て移行し終わり、残りは2002年分~2003年8月分となりましたが、そんな感じでオレがヒーコラいいながらちまちまとコピペ作業を行っている間、土曜日には厚別で京都パープルサンガ戦が行われました。試合は後半28分に黒部が2枚目の警告で退場し数的に有利となったにもかかわらず、得点を挙げることが出来ず0-0で引き分け。
 例の通り試合は見てないのでどんなもんかはわからないんですけど、数的優位を生かせなかったことについては、今季の札幌は通算のべ7人もの退場者を出している通り、数的不利になるのは多かれど数的有利になったことは一度もなかったため、いざ相手が1人減ったらどうしていいかわからなくなったんだと思います。まるで告白するたびにフラれ続けてきた男が、思いもかけずOKをもらってしまい、「これは何かの間違いに違いない」とまごまごしてしまうようなもんだと思います。
 ところで、先日の水戸戦でもそうでしたが、今季の厚別での試合はやたらと選手がコケるシーンが目につきます。この日の試合でもそういった選手が多かったようで、本来ならピッチ状況には慣れていておかしくないはずのホームチームの選手に対し、ヤンツーが苦言を呈したと日刊スポォツに載っておりました。曰く、「まだこの状況で固定(ポイント)でやってる。本当に甘い気持ちでプレーしてる。やんなっちゃう。つるつる滑ってね。がっかりした」

 

牧伸二師匠
やんなっちゃった♪


 今年1年の様子から判断するに、「コンサドーレやんなっちゃった節」なんていくらでも作れるような気がするので、ヤンツーは次から試合の時はウクレレを用意するように。

2004年10月 6日

さて天皇杯

 今季のJ2は2つの自動昇格枠のうち1つは既に川崎フロンターレが獲得し、残るひとつの枠を巡って現在熾烈な2位争いが続けられていますが、そんなJ2も今週はちょっと小休止。今週末は日本最大のトーナメント戦である天皇杯が行われます。英語で言えばEmperor's Cup。もひとつ略してEカップです。日本最大はスイカップだ! とか無粋なツッコミはノーサンキュー。最近はMEGUMIがお気に入りです(←?)。
 さてこのEカップ、これまではJリーグのレギュラーシーズンが終わってから、つまりはシーズンオフからスタートしていましたが、今年からはレギュレーションに若干の変更があり、4回戦まではシーズン中に行わることになりました。と同時に、これまでは1回戦からのスタートだったJ2チームが「シード扱い」として3回戦からの登場となり、J1チームは4回戦からの登場。さらにはJ1チームの登場する4回戦からの組み合わせは再抽選されることになっており、また4回戦は3回戦から勝ち上がったチームに、希望のホーム会場を選ぶ権利が与えられます。従来の形式とは大きく異なった大会となります。これはつまりどういうことかというと、レギュラーシーズン中に大会が行われるということは例年シーズン終了直後の出がらし状態で臨んでいたJリーグチームの負担が多少なりとも減るだけでなく、4回戦ですら11月13日と14日と比較的早い時期に行われるため、札幌のような降雪地帯のチームにとっては「会場探し」という試合以前の苦労がなくなるだけでも大助かりでしょう。

 というわけで今週末はそのEカップの3回戦。宮崎県代表のホンダロックFCとの試合が室蘭で行われます。ホンダロックFCは今季九州リーグ初優勝を飾り、来季はJFL参入を狙う強豪チーム。(株)ホンダロックは本田技研工業(株)の100%子会社で、自動車の鍵などを製造している会社です。アマチュアとはいえ、今季さまざまなチームにゴールをピッキングされまくった札幌にとっては侮れない相手ではないでしょうか。
 まぁとりあえずここを勝てば次はJ1との対戦。ナビスコカップがJ1チームのみの大会となってしまった現在ではJ1チームとの対戦はそうそうあるわけではありませんから、是非ともここはしっかり勝ってJ1チームへの挑戦権を勝ち取ってもらいたいと思います。まぁ、再抽選の結果相手がPL学園とかなるかもしれませんけど。

2004年10月 9日

大陸からの風

 チームは明日天皇杯3回戦の対ホンダロック戦を控えておりますが、報道によると相川が右足を痛めており、出場は無理とのこと。必然的に明日の2トップは清野と岳也ということになり、おそらく斉川がベンチ入りということになると思いますが、それにしても今さらながらFWは人数が足りません。
 そもそもコンサドーレの今季スタート時のFW登録人数はたったの5人。新居がシーズン途中で退団したため、残りのFWは5 - 1で4人。高校時代に数学で0点を取ったことのなるオレにすらわかる引き算ですが、そのうち1人の斉川は大怪我明けのルーキーであり、まだ戦力として計算するには早い状態ですから、常時稼働可能なFWは実質3人しかおりません。まだ今季は終了していませんが、来季の最重要補強ポイントはこのFWとなるのは誰の目にも明らかでしょう。しかも現在の状況では求められるのは即戦力クラスの人材。おそらくは他チームからの獲得がメインになるとは思いますが、同時に大卒ルーキーも視野に入れているようです。現在コンサドーレの練習には、鹿屋体育大学4年の徐暁飛選手が参加しています。

 北海道版日刊スポォツによると、徐選手は中国籍で、元U-16中国代表。17歳で大分県の日本文理大附属高校に編入し、その当時に同校の監督を務めていたのが現在札幌の強化部長である城福さん。今回の練習参加もその縁でしょう。50mを6.2秒という快足の持ち主ですが、城福強化部長曰く「パワーとスピードがあり、瞬発力がものすごく強かった。まるでダンプカーの突進やったね」とのことで、スピードだけでなくパワーも兼ね備えているようです。身長173cmで体重80kgという俺王様的体型なれば、確かにパワーもありそうです。
 Jリーガーになる夢を抱き、大陸からやってきた徐選手の練習参加は4日間。J2最下位でも一応はJリーガーですので、頑張ってください。

※斉川は腰痛で自宅療養中でした。

2004年10月11日

ギリギリ突破

 昨日行われた天皇杯第3回戦・対ホンダロック戦は、前半22分に岳也のゴールで先制しながら39分にホンダロックMF井戸川にゴールを許し同点に追いつかれ、その後突き放すことが出来ず延長にまで突入し、PK戦突入ギリギリの延長後半13分に再び岳也のゴールでやっとこさっとこ追いついたという試合だったようです。オフィシャルサイトの記録によれば、合計23本ものシュートを浴びせたみたいですが、見ていた人の感想を聞けばそのことこどくが枠の外だったそうで。ホンダロックとしては「当たらねばどうということはない!」って感じだったんでしょうかね。まぁ、結局は2発ほど当てられてしまったわけですが、これでもし相手がホンダFCだったりしたらどうなっていたんでしょう。プロ最弱とアマ最強どっちが強いか、ちょっと見てみたい気もしますけどね。

 まぁ今日は西ヶ丘でLリーグ見てきたし、西武も優勝したので大抵のことは許しますけどもよ。おめえだちいづまでも調子に乗ってんじゃねぇがんな?

2004年10月13日

相手は市原

 先日やっとこさっとこ地域リーグのチームに勝った札幌は、とにもかくにも天皇杯4回戦に駒を進めます。ご存じの通りこの4回戦からJ1チームが登場、全てのJ1チームは3回戦までを勝ち抜いたチームとの試合となります。で、本日その4回戦の組み合わせが発表されました。やっとこさっとこ地域リーグのチームに勝った札幌の相手は、オシム監督率いるジェフユナイテッド市原との対戦ということになりました。かつてお荷物クラブと言われ、1999年にはギリギリまで残留争いをしていた弱小の面影はすっかり消え去り、派手さはないもののここ数年は常に上位争いに顔を出すまでに安定した力を持つに至りました。エースストライカーだった崔龍洙が京都に移籍してもその基盤は揺らぐことなく、現在行われているJ1リーグ2ndステージでも4位と好位置をキープしています。その強力なサイドアタックは、やっとこさっとこ地域リーグのチームに勝った札幌にとってはもっとも苦手とするところかもしれません。

 さて、やっとこさっとこ地域リーグのチームに勝った札幌の中で、かつて市原に所属していた選手が一人だけいます。2001年のシーズン後半に、当時在籍していた浦和レッドダイヤモンズから市原へ期限付き移籍をしていた田畑昭宏がその人です。昨季その浦和から札幌に完全移籍でやってきて、今年になってから定位置を確保。とはいえ本職ではないボランチでの起用が多いためか、これまでのところはうっとりするほど存在感のない選手として楽しませていただきましたが、夢の島での横浜FC戦でミドルシュートを突き刺しただけでなく、前半はかっとび一斗のようなライジングシュートを放つなど、ここに来て「ひと味違うたばタン」をアッピールしています。
 で、その田畑、わずか半年の所属とはいえかつての古巣について、「成長できたし、感謝している。あのままレッズにいたら終わっていた(日刊スポォツ)」とコメントし、古巣への「恩返し」を誓っています。

 やっとこさっとこ地域リーグのチームに勝ったJ2最下位の札幌にいる今この時点はプロサッカー選手としては既に終着駅なんじゃないかとちょっと思ったりもしたのですが、まぁスポォツ選手は試合に出てなんぼですからね。新聞などではかならず「小野伸二と大の仲良し」としか書かれない田畑ですが、J1相手にキツいのを一発お見舞いして欲しいと思います。

2004年10月18日

やっぱり鬼門

 J2リーグも残りあとわずかとなりました。土曜日に行われた第38節、札幌は博多の森球技場でアビスパ福岡とのアウェイゲームを戦いましたが、前半13分にセットプレイ(またか!)から喫した1点を追いつくことが出来ず、今季6勝目はならず。試合後のヤンツーの「今日は0-2、0-3で負けてもおかしくない試合だった」というコメントを見る限りでは、博多の森は前回14連敗を脱出したことで相性はよくなったかと思いましたが、やっぱり鬼門は鬼門だったみたいですね。この敗戦で今季22敗目。あとはどう頑張っても敗率5割をめでたく達成というわけだ。

 また、ヤンツーは完敗を認めた上で現在のチーム状況を「少しずつ成長してきたけど、1歩進んで2歩下がる、という感じ」と表現しています。ふむふむ。言いたいことは何となくわかるんですけど、1歩しか進んでないのに2歩も下がっちゃったら歩けば歩くほど下がっていくんじゃないかと思うんですけど。44試合トータルで-22歩の計算ですよ! えらい後退だなオイ! 「1歩進んで2歩下がる"一進二退"も今は仕方ない」なんて納得してる場合じゃないぞ道新スポォツ!

2004年10月19日

ヤンツー残留表明

 今季チャンピオンチーム・ジュビロ磐田の監督という座を捨て、北の最果てのクラブへ単身乗り込んできたヤンツーこと柳下正明監督が、地元メディアに対し来季も札幌の監督を続ける意志があることを明らかにしました。日刊スポォツによると、ヤンツーは「2年契約ですから、クラブからクビといわれない限り、もちろん来季もやります」とのこと。現在チームは長らく最下位に沈んでいる状態ですが、クラブ側もその手腕を高く評価、シーズン終了後にも正式に続投を要請する予定だそうです。まぁ、続投要請つってもヤンツーの言うとおり2年契約なんですから、要請もへったくれもあったもんじゃないんですけどね。

 確かに今季の成績については甚だ満足のいくものではありませんが、だからといっていま監督を代えるというのは、替わりがよっぽどの人材でない限りは得策とは思えませんし、そんな「よっぽどの人材」が、はっきり言ってサラリーも名声もそりゃもう笑っちゃうほど望めそうにない札幌に来てくれるとはこれまた到底思えないわけで。まぁヤンツーに続けてもらったとしても、来年これですんなりステップアップかと言われれば、そんなに楽観視もできませんけどね。クラブを取り巻く環境は相変わらず厳しく、有力選手を呼べるような状況ではありませんし、「一歩進んで二歩下がる」「三歩下がって敵の影踏まず」「地域リーグと五十歩百歩」と言われる現在のチームを改造することを考えれば、今年ほどではないかもしれないにせよやっぱり我慢の必要な年になるかとは思います。
 とにかく、継続性を考えればまずは一応一安心ということになったわけで、当面、その契約期間である2006年1月31日までは札幌の指揮を執ってくれることになるでしょう。その先はどうなるかわかりませんけど。

 ヤンツーさんがその活動を停止するまで 残り468日。

2004年10月21日

選手寮竣工着工

 長期計画の旗印の下、若手育成を主体にチーム作りを進めているコンサドーレ札幌。その一環として、現在若手選手の住む選手寮の建設計画が進められています。
 これまで若手選手に対しては、チームがマンションを借り上げて寮として使用していたものの、基本的には一人暮らし同然であり、また食事面についてもこれまでは村野晋管理部長の自宅を解放し朝食と夕食を提供していましたが、せっかく食事を用意しても来ない選手も多く、効果としてはさほど有効ではなかったようです。さらにそこへ新居の酒気帯び運転で事故をおこし、その前に新居と飲んでいた中尾ともども退団するという事件が発生。若手選手に対する管理強化の必要性を痛感したHFCが選手寮の建設を決定した、という記事が北海道新聞に載ったのが昨月のことでした。それから1ヶ月が経過し、昨日西区内の建設予定地で地鎮祭が行われたという記事が載っていました。
 この寮は、原則として高卒3年、大卒1年という期間で入寮を義務づけ、寮長として村野部長自らが住み込み門限を設けると同時に、栄養士などをつけて三食を提供。生活面・健康面での管理を強化していくようです。中尾や新居の事件に限らずとも、ただでさえススキノという「夜の街」を持つ札幌、これまでも深夜に繁華街をうろつく選手の目撃例が後を絶ちませんでした。そうでなくとも若いうちというのは遊びたい盛りですし、プロスポーツ選手というのはちやほやされがちで、かつ普通の同世代の人より多くの給料をもらっているわけですから、誘惑というのはそこここにあるとは思いますが、そういったことに対する抑制には、多少なりともなるでしょう。絶対に夜抜け出すヤツはいるでしょうが。
 というわけでこの選手寮、「延べ床面積674平方メートルで部屋数は18、1室は8畳ほどの広さ」とのことで、身長57メートル、体重550トン、上から88、60、85の抜群のプロポーションを持ち、すぐれものぞと町中騒ぐ始末だそうで、とにかく寮の名称はサポーターから公募する予定と書いてありました。

 ふむ。ならばここは不肖私めが、愛する故郷のクラブのためにアイディアをいくつか出してみましょう。
この寮は当然のことながら女人禁制だそうですから、ならばコンセプトは「めくるめく男の世界」で決まりです。ということで、

・秘密の花園寮
・マッスルタワー
・魁!男寮
・マッハGOGO寮
・こちら西区宮の沢ふれあい公園前選手寮

よし、ホントに応募するぞ! 覚悟しとけ!

2004年10月28日

約束の地

 英語でしゃべらナハト!(ドイツ語) ややご無沙汰でした。サッカー百鬼夜行です。

 ちょいと休んでいた間、チームはJ2最弱決定戦・湘南ベルマーレとの戦いに臨みました。ここまで3戦を戦い、すべて1-1で互いに一歩も引かなかったこのカード、最後の対戦となる第4ラウンドは0-0で終了。決着をつけるどころか互いに一太刀も浴びせない結果となりました。何だかねぇ。

 まぁそれはともかくとして、今日本サッカー界でもっともホットなチームと言えばどこでしょう? 前五輪代表監督が就任した磐田? いえいえ。缶ビール投入事件があった鹿島? 違います。飲んだら缶は投げるものだべさ(北海道では)。50歳を越えても140km/h投げる村田兆冶? あれはもうバケモンです。そうじゃありません。それは静岡FCです。
 静岡FCといえば今季から加入した清野が昨年まで所属していたチームで、神戸FWカズの実父である納谷宣雄氏が監督をやっているクラブとして有名で、納谷五郎氏と言えば銭形警部ですが、日刊スポォツの静岡版には、この静岡FCに先日監督以下選手全員が退団して事実上解散した沖縄かりゆしから大量9人もの選手が加入したという記事が載っていました。記事によると、JFL入りを目指す同クラブが今年の全国地域リーグ決勝大会に向けての補強だそうです。で、その9名の「補充兵」の内訳は、松原良香、浅山郷史、水野和樹、長田道泰、飯尾和也、加納昌弘、田畑輝樹、そして大野貴史と河村優。そう、ハードマークが売りの大野よっくんと、度重なる規則違反で昨季途中で札幌を解雇された河村優です。
さらには記事中には「すでに補強第1弾として、札幌を契約解除されたFW新居辰基(20)とMF中尾康二(23)がチームに合流しているが…」との記述も。以前から噂はありましたが、同じく素行不良で今季途中で契約を解除された2人が現在練習に合流しているようです。

 ひとつ確認なんですが、彼らが目論む「全国制覇」ってのはサッカーの話、ですよね?

 新しい選手を一気にまるまる1チーム分も加入させるというのもどうかとは思いますが、何となくオモロイので頑張って欲しいと思います。

2004年10月31日

来年もいっしょ

 もういくつ寝るとシーズンオフ。残りあと5試合となったJ2第40節、コンサドーレ札幌はベガルタ仙台とのアウェイゲームを戦いました。試合はいつもの通り縦パスを徹底的に潰してくる仙台を相手に思うようにトップにボールが入らず、ペースを握られっぱなし。後半に多少は盛り返したものの、佐藤寿人に一瞬の隙を突かれ、シュート性のクロスを村上に押し込まれ失点してしまいます。
 第37節から3試合得点のない札幌だけに、またこのパターンでずるずるか、おまえらゼロか、ゼロの人間なのかと思われましたが、後半33分にスナマコのアーリークロスにアイカーがヘッドでうまく合わせ同点に追いつくことに成功。その後3トップにシフトチェンジした仙台の猛攻に晒され、大権現ソダンが後半41分にディフェンスラインの裏に抜け出した大柴を引きずり倒し、得点機会阻止で一発退場したものの、最後まで得点を許さず1-1で終了。
 そのソダンは試合後、「チームが負けないことを優先に考えて、犠牲になるしかないと思った」というコメント。素晴らしいフォア・ザ・チームの精神です。大柴に裏を取られたのは他でもないソダン本人という事実を考慮に入れなければ。

 この試合を落とせば昇格の可能性が消滅する仙台は、これでJ2残留が確定。結果的には今季一度も勝てなかった札幌に引導を渡される形になりました。まぁでも、2002年に仙台のJ1残留を確定させたのは他でもないうちでしたっけね。

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