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2002年11月 アーカイブ

2002年11月 3日

ゴンザレス凱旋

 カタールで行われていたAFC U-20選手権。日本は決勝戦で韓国にVゴールで敗れ、またしても優勝はなりませんでしたが、堂々の準優勝を果たしたU-19日本代表の主将・ゴンザレスこと今野泰幸が帰札しました。考えてみれば、ルーキーイヤーの頃からユース代表に呼ばれ、ワールドユースも当確と思われながらも、時の西村監督が大いに嘆いたといわれる骨折によってワールドユースを棒に振った今野にとっては、今回のAFC U-20選手権が初の強豪チームを相手にしての真剣勝負の大会。主将としてチームを引っ張り、胸を張れる結果を残したことによって得たものは大きかったのでしょう。クラブのオフィシャルサイトに載っていた写真を見ると、チームを離れていた1ヶ月ほどの間にずいぶんとたくましくなったなぁと感じました。
 しかしながら、大熊監督の絶大な信頼を裏切ることなく随所にいいプレイを見せ続けながらも、ついぞテレビ朝日の実況アナウンサーには「精神的支柱」としか言ってもらえず、練習中に鼻を強打して鼻骨骨折の疑いのまま30度を超す中東でチームを引っ張り続けていた間に、当の所属チームはJ2に落ちてるわ札幌には雪が降ってるわで、若きゴンザレスにとっては世をはかなむには充分すぎるほどの材料が揃いすぎているわけですが、鼻はまだ治っていないでしょうし、時差ボケや急激な温度変化による体調を崩すかもしれませんので、もうムリして試合に出てくる必要は全くないわけですから、とりあえずはゆっくりと休んで疲れを取ってもらいたいものです。

 つっても、次節はビジュが出場停止なんですが。

2002年11月 6日

都市伝説

 「恐怖のリカちゃん電話」という話をご存じでしょうか。いわゆる「都市伝説」というものの一つです。「リカちゃん電話」自体は別段恐怖でもなんでもなく、おそらく誰もが知っているであろう(株)タカラの「リカちゃん人形」とお話しできるというサービスで、とある番号に電話をかけるとリカちゃんの声が聞けるというもの(電話番号は地域によって異なる)です。まぁ会話といってもリカちゃんの声が吹き込まれた録音テープが流れるだけの一方通行なのですが、昔からあるサービスです。
 で、これにまつわる恐い話が「恐怖のリカちゃん電話」。話を要約すると、ある女の子が一人で留守番をしているとき、寂しいのでリカちゃん電話に電話をかけてみます。最初は「もしもしあたしリカちゃん、今家にいるの」だけで終わり、つまらないので次に電話をかけてみたら「今お出かけ中」と言われました。話の内容が変わるのでもう一度かけてみたら、「今あなたの家の前よ」と言ってきました。次第に怖くなって電話するのはやめたのですが、今度はなぜか電話のベルが鳴り響きます。「きっと母親だろう」と思い思い切って電話に出ると、受話器から聞こえてきたのは「もしもし、あたしリカちゃん、今、あなたの後ろにいるの…」

 と、こんな感じの話。初めてこの話を聞いたときは子供だったこともあってものすごく怖かった記憶があるのですが、「人形が意志を持ってしゃべる」というのは別としても、「電話は動かないもの」というのが常識だったオレがガキの頃(20年以上前)だからこそ通用した話ではありますよね。携帯電話全盛の今の時代、「今ネェ~お台場にイルノォ~」なんてのは当たり前の光景日常茶飯事ですし、うちでも着実に家に近づいてくる電話がよく来ますよ。酔っ払ったカミさんから。
 他にも都市伝説なんてのはいっぱいありますが、どれもこれも今はもう怖くも何ともない話ですよね。むしろ現実世界のほうがよっぽど怖いと思います。都市伝説として有名なものとしては「百キロばあさん」とか「口裂け女」辺りになると思いますけど、「百キロばあさん」にしても体重百キロのばあちゃんのほうが恐怖ですし、「口裂け女」にしても、内緒の話が内緒にならない「口軽女」のほうがよっぽど怖いに決まってますし。そういえば北海道の都市伝説として、走り屋さんのメッカとして有名な支笏湖畔で、交通取締中に殉職した警官の霊が四つんばいになって車を追い越していくという「四つんばい警官」なんてものも聞いたことがありますが、これも走り屋さんたちにとっては生きてる警官のほうが怖いのではないかと思います。警官と言うより、罰金が。つまりは「事実は小説よりも奇なり」といいますか、結局リアル世界のほうが怖い話がいっぱいなわけです。

 まぁだからなんだといわれても困るのですけどね。そういえば北海道には他にも「コンサドーレからレンタルされて帰ってきた選手はいない」という都市伝説があるなぁなんて。うわ、怖ええええ!

2002年11月10日

アイカー初ゴール

 降格決定後初の試合となる東京ヴェルディ1969とのアウェイゲームは、前半はもうまったくもって残念な試合内容で立て続けに2点を奪われるなど相変わらずの試合内容でしたが、メンバーをいじった後半は見違えるような動きを見せ、リーグ戦初出場のルーキー・相川のプロ初ゴールと西田の移籍後初ゴールで追いつきました。しかしその後決定的チャンスをものにすることが出来ずに結局延長後半にヴェルディの羽山にJリーグ初ゴールを奪われ力尽きました。
 破れはしたものの、新居に続くルーキーの初ゴールや、AFC U-20選手権で予想以上の成長を見せた今野の奮闘、曽田が何かを吹っ切ったようなオモシロプレイなど今後に繋がる材料も決して少なくなかった試合でした。ただ、それだけに前半のヘタレっぷりはなんとも残念でなりません。結果的には最後まで前半の2失点が響いたことになりますしね。
 相川も新居同様フィジカル的には向上の余地はありますが、シュートの意識も高く、次のプレイを考えてのトラップは好印象を受けました。新居との2トップは現時点では難しいでしょうが、その実現も予想以上に早くなるかもしれませんね。あ、でもU-19日本代表でなら可能ですよね、熊さん(notレオナルド)。

 その東京ヴェルディ戦観戦記アップしました。

2002年11月12日

ディド話

 J2降格が決まってにわかに慌ただしくなってきている札幌ですが、本日のスポォツ報知に、「塾長」ことディドGKコーチが今季限りでコンサドーレ札幌を退団、俺王様を使い捨てた「節操のないチーム作り」で知られる横浜F・マリノス入りが有力という記事が載っておりました。まぁ、「考えのないチーム作り」で知られるチームのサポーターに言われたくはないでしょうが、来季横浜の監督就任が確定といわれる元コンサドーレ札幌監督の岡田武史氏の要請とのことで、横浜の他にもJ1の2クラブ、オランダとスコットランドの海外2クラブからオファーが来ているとのこと。
 ただし、このディド退団ネタというのは当サイトが2000年末にコンサドーレファンサイトとしてオープンして以来、実に2年間で3回目という年間行事、いわば紅白の小林幸子みたいなモンな上、このニュースを伝えているメディアが現在のところ報知しかないだけに、信憑性のほどはやや疑問符が付きます。とはいえ、報知の記事には「札幌には6年間在籍してきたが、私もプロフェッショナル。来年はJ1のクラブでやりたい」というディド自身のコメント付きで紹介されているだけに、オファーの事実自体は間違いないと思われます。
 今野や山瀬ら有望選手の去就などについていろいろな噂が流れているのに続き、GKコーチながらもスタジアムに横断幕まで出現しているほどサポーターに親しまれているディドの退団話。とはいえ、現在の札幌が「J2に落ちるとはこういうことだ!」とラル大尉も言わんばかりの状況なのは札幌サポーターもわかっているようで、そのせいか各所での反応を見てみると「仕方がない」という意見も見られるのですが、どっちかというとディド本人よりもU-15にいる息子のマイクのほうを気にする声が強いのはどうかと思います。

 つうか、「J1でやりたい」というのはごく自然な欲求だと思いますけど、ことディドの場合においてはあくまでも正GKとして移籍するつもりでいそうなんですが。

2002年11月14日

俺王だよ! 臣民集合!

 昨日スポォツ報知が伝えたディドの移籍話。「このすきま風、この肌寒さこそがJ2よ!」とラル大尉も言わんばかりのニュースが流れた翌日の今日、そのもの悲しさを全て吹き飛ばすニュースが日刊スポォツに載っておりました。HFCが横浜F・マリノスを解雇された俺王様ことウィルの獲得を検討しているというニュースです。
 同紙によると、まだ正式オファーには至っていないものの、俺王様のパスを保有している大分トリニータの関係者が「札幌からウィルを今後どうするという話がきている」と明かしたそうで、HFCもその事実を認めたそうです。俺王様が横浜を追放同然に追い出された直後、百通を超える「ウィル獲得希望」メイルが殺到したそうですが、その「復権嘆願書」を受け取ったHFC、とらいでかとばかりにとりあえず声だけはかけてみた模様。
 また、同紙には「ウィル獲得でネックになるのは、解雇の原因になった味方選手への暴行をはじめ、今季たびたび起こした素行問題だ。」とありますが、オレにとってはその程度のことは問題でもなんでもない、むしろオモロいのでOKですので、別に心配するほどのものでもないです。むしろチームが今季のようなヘタレた試合をするようなら、かまうことたねぇから思う存分殴ってよしと思うくらいだし。
 まだ獲得が本決まりになったわけではないみたいですが、もし復権が実現することになれば、俺王様が「札幌から出て行って戻ってきた選手第一号」となるわけですね。選手たちも好意的に捉えているようですし、それに、結果を出したとはいえ全体的にはまだまだ足りないところも少なくない新居、相川らにとっては、身近にお手本となる選手がいるというのは大きいでしょうから、是非とも俺王国再建を目指してもらいたいと思います。

 さてディドの移籍話ですが、本日になってようやく他の道内メディアにもこのニュースが載っておりました。内容としては昨日の報知の記事とほぼ同じなのですが、各紙に掲載されているディドのコメントから判断するに、どう転んでも札幌の残留はなさそうな感じです。スポォツニッポンには「将来、札幌がJ1で戦うなら監督として戻ってきたい」という殊勝なコメントも載っていましたが、その言葉に偽りがない証としてマイクを人質として差し出して頂こうかなんて武家諸法度なことを考えたりもしてますが。
 まぁ冗談はともかくとして、そうなると早急に後任のGKコーチを捜さなければいけませんね。ザスパ草津で選手兼コーチとして活躍している元ベルマーレ平塚の小島伸幸氏はいかがでしょうか。藤ヶ谷なんてモロそうですが、現在の札幌のGK陣は皆一様に「シュートへの反応は滅法速いが守備範囲は広くない」という現役時代のディドそのままの弱点を抱えています。その辺りの弱点をカバーしてあまりあるのがこの元日本代表GK。何しろ彼の現役時代はその守備範囲の広さは、自陣を通り越して相手ゴール前まで及んでいたというくらいです。まさに「攻撃は最大の防御」とばかりに相手ゴール前まで攻めていき失敗、カウンターを仕掛ける相手選手を後ろから引きずり倒してレッドカードという死なばもろとも作戦を見せたことともあるほどの漢っぷりが魅力のヒゲオヤジです。俺王様に引き続き小島氏も来るならば、来季はよりいっそう素晴らしいチームに生まれ変わること請け合いです。

 オレにとっては。

2002年11月15日

ジョアン・カルロス・トシキ

 張監督留任濃厚と言われていたコンサドーレ札幌の次期監督ですが、昨日の道新スポォツでいきなりブラジル人監督の話が出てきたと思ったら、本日の各道内メディアではいきなりジョアン・カルロス監督の就任が濃厚という記事が紙面を賑わせました。
 ジョアン・カルロス監督は鹿島、名古屋、セレッソ大阪で監督を務めたようにJリーグ経験も豊富で、鹿島時代にはJリーグ優勝、名古屋で天皇杯優勝も果たしており実績も充分。もし就任が本当の話だとすれば一体どうやって丸め込んだのか非常に気になるところです。まぁ、セレッソではまったくふるいませんでしたから、日本でもう一旗揚げたいと思ったのかもしれません。
 また、日刊スポォツは他の監督候補としてアルビレックス新潟のソリさんこと反町康治監督もリストアップされていたことを伝えています。同紙によれば反町監督は「新潟が昇格できなかった場合、同クラブとの契約を打ち切ることになっている」そうですが、2試合を残し新潟は昇格の可能性を残しているため、「1日でも早く来季チーム作りに着手したい札幌側は、ジョアン・カルロス氏を選択」したということです。

 カルロス監督といえば厳格な人柄で知られ、名古屋時代の「清商三バカ事件」を始めとして選手との確執の話題には事欠かなかった監督ですから、来季の再降臨が濃厚と言われる俺王様ことウィルとの関係を心配する声があちこちで聞こえてきます。どっちも正式に決まってないんですがね。それだけに、弱小新潟を鍛え上げ、ビッグスワンを常時満杯に出来るまでにしたソリさんの名前が挙がっていたことについて「なぜもう少し待てなかったのか」という声もあるようですね。ソリさんも結構シビアな人だと思うんですが…。まぁ、新潟が昇格するにせよしないにせよ、来年はソリさん監督自体をやらないような気もするんですけどね。どこまで冗談なのかはわかりませんが、J SKY SPORTSのインタビューにおいて「来年はやらないよ。本当は小中学生を教えたい」と、ならなんでS級取ったんじゃいと突っ込みたくなるようなコメントを残していますし。
 つうか、降格が決まれば「早く体制を固めろ」と言われ、とっとと決めようとしたら今度は「もう少し待て」と言われ、何をやっても文句を言われるフロントというのも気の毒だなと思いますが、オレとしてはソリさんもジョアンもジャージを着てくれそうもないのでどっちでもいいです。

 ところで、張監督の去就は来季新設されるサテライトチームの監督の就任をお願いしたいというような記事も載っておりました。オレも張監督の続投には反対でしたのでそっちのほうがいいと思います。とは言っても別に張さんの能力を否定しているわけではありません。本人には申し訳ないですが、張さんはコンサドーレにとっていわば「ジョーカー」とも言える人物だと思っているからです。
 もし張さんが来年監督を続け、そしてもし成績不振と言うことになれば、クラブとしてはクビを切らなければならなくなるでしょう。そうなったらまた張さんがコーチとして積み上げてきたものもリセットされてしまいますし、また砂金取りのような監督監督探しをしなければなりません。そうなったらコンサドーレにとって大きな痛手になると思うのですよ。若手選手からの信頼も厚い張さんのサテライト監督というのは現実的な選択だと思いますよ。

2002年11月19日

今更お祓い効果?

 どうもご無沙汰しておりました。いつもの通り実家で録ってもらったビデオ待ちでしたので更新間隔があいてしまいました。とりあえず生きてます。
 というわけで名古屋戦。今更ながらの話題になってしまいますが、佐藤尽の移籍後初ゴールで名古屋を1-0で下し今季4勝目。何とか平塚(現湘南)の持つ年間最低勝点記録更新は免れることとなり、同時に福岡の持つ年間最低ホーム勝率記録の更新も免れました。どうせだったら史上最速降格記録と合わせて誰も敗れない逆トリプルクラウンを狙ってもオモロいかと思いましたが、まぁいいでしょう。
 それはいいんですけど、確かに気持ちはわからないでもないですが、ドームのお客さんが曽田のパスミスにだけ過敏に反応するのはどうかと思いました。それとなんかいろいろ出てた変な横断幕。ストレートすぎてオモロくないです。どうせやるなら「降格の多い生涯を送って来ました」とかにすればオモロかったのに、と思いましたが、やっぱりどうでもいいや。

 というわけで名古屋戦観戦記もようやく出来上がりました。

2002年11月21日

高円宮殿下逝去

 日本サッカー協会名誉総裁であり、「高円宮全日本ユース選手権」の大会名でも知られる高円宮憲仁親王殿下が本日急逝されました。殿下はサッカーだけではなくいろいろなスポーツの発展に力を尽くされ、なおかつ日本アマチュアオーケストラ連盟の総裁でもあります。意外と知られておりませんが、フットサルチームに参加して自らもプレイされておりました。サッカーファンでクラシックファンの自分としても非常に惜しい方をなくしたと思うほかありません。

 今回はこれ以上言うこともないのですが、日本サッカーの発展に尽力された殿下を偲んで、国立西ヶ丘サッカー場を「国立高円宮サッカー場」と改名するのがよいと思いました。謹んでご哀悼の意を表します。

2002年11月24日

青葉城恋歌

 23日に行われたJ1リーグ2ndステージ第14節・ベガルタ仙台とのアウェイゲームは、2-0で負け。完敗と言っていい内容だったのですが、仙台について一つ、どうしても気になって仕方がないことがあります。

 確かに負けたチームがこういうことを言うのはお門違いかもしれません。札幌の試合内容もあまりにもお粗末。J1残留を賭けた瀬戸際の仙台に気合いで完全に負けていたのですから、勝負は試合前にもう決してしまっていたのかもしれません。仙台とは今季リーグとカップ戦で計4回戦い、仙台はカップ戦では山下とマルコスの2トップを丸ごと欠き、今回はシルビーニョと岩本がいなかったにも関わらず、こちらもカップ戦で山瀬と今野を欠き、今回も山瀬をケガで欠いていたとはいえ、J2時代はほとんど負けたことがなかった仙台に1度も勝てないどころか、4試合で奪った得点がPKによる1点のみという体たらくなのですから、これはもう完全に札幌のほうが下であることを自覚しなければいけないでしょう。
 しかし、それでも敢えてオレは仙台の方々にお伺いしたい。

 仙台では牛の「タン以外の部分」はどうしているのか

 牛タンとは言うまでもなく牛の舌ですが、仙台で有名なのはこの舌だけ。牛本体はどうなっているのか、気になって夜も眠れません。というわけでその理由を自分なりに考えてみました。

 1.仙台の牛タンは畑に生えている
 2.仙台の牛タンは海に泳いでいる
 3.一つの牛タンを「フエルミラー」でコピーしている
 4.実はとうふだった

 実際はどうなのでしょうか。というわけで仙台には牛タンを食べに行っただけなのですが、大変美味しゅうございました。あとなんかJリーグの試合もあったみたいです。

2002年11月25日

若い人カモン

 トップチームが仙台でなすすべなく負けた翌日、控えチームは北海道大学選抜との練習試合を行ったそうです。とはいえ、札幌はけが人の新居ら3人の選手を欠いておりメンツが足らず、ユースから「当たり年」と言われる高校1年生の斉藤来、小川睦史、渡辺翼の3選手が呼ばれ、さらには2人の練習生が参加していたそうです。
 で、その練習生ですが、道内の各メディアによればシンガポールのクレメンティー・カルサでプレーしていた大阪体育大学卒のDF上原岳大選手(23)と、福島尚志学園高3年のDF鈴木学選手(18)。最初「大体大の上原」と聞いて巨人のピッチャーが何かを血迷ったと思ってしまったのですが、もちろん沢村賞まで取ったほどのピッチャーがJ2のコンサドーレなんかに来るはずもないですよね。
 シンガポールで日本人選手が活躍しているという話は聞いていたのですが、道新スポォツによると上原選手は「現地のチームが合併により消滅、Jリーグでのプレーを求めて練習に参加した」とのこと。合否は後日判明するようですが、もし合格ということになれば2度目の所属チーム消滅ということにならないようにしてもらいたいものです。

 さて、本日発売の「月刊コンサドーレ」はご覧になりましたでしょうか。マダの方は是非ご購入をお勧めします。メイン記事は新居辰基インタビューです。詳細は実際に見て頂きたいと思いますが、どこで仕込まれたのか模範的回答が多い中でも、随所に俺様的なコメントが見られるなどオモシロインタビューになっています。で、気になったのが一つだけありましたので引用します。張監督が市原戦で「コンサドーレの王子様が決めてくれた」といったことに対して。

 「王子様より王様と呼ばれたい

 …わかってて言ってるなこの兄ちゃんは。

2002年11月28日

相川代表復帰

 ご存じの通り、U-19日本代表は先日カタールで行われたAFC U-20選手権で準優勝を飾り、来年UAEで行われるFIFA U-20選手権(ワールドユース)に臨むことになるわけですが、その第1弾となる強化合宿が12月2日から6日までの日程で行われます。で、この合宿に臨むメンバーが昨日発表されまして、コンサドーレ札幌からは今野泰幸と相川進也の2名が選ばれております。
 U-19のチーム結成以来主将を務めており、先のAFC U-20選手権でも攻守に活躍、現世代の中ではダントツの試合出場数を誇る今野は当然としても、ケガもあったとはいえ春先に行われた韓国遠征のメンバーに選ばれて以来久しぶりの代表復帰となる相川は、デビュー戦で初ゴールを挙げた他、名古屋戦では尽の決勝点を導くヘディングシュートを放つなどの活躍が認められた模様です。で、それはまぁいいんですけど、その相川より現時点で多い得点を挙げており、この世代では一番早くJ1リーグで得点を挙げている「あの男」の名前がありません。
 ニッカンスポォツには、U-20選手権終了後の大熊監督の「中盤では日本の形ができるが、FWの決定力が足りない」というコメントを引用して大量7人ものFWを招集したことに触れていますが、だったらなぜあの男を試してみないのか非常に疑問です。AFC U-20選手権の本戦でも、エースの坂田を先発で使ってしまうと、交代でのオプションがまったくなくなってしまうという弱点がありました。「流れを変えることの出来るストライカー」というのは一発勝負の大会では是が非でも必要になってくると思うんですが、お世辞にもテクニカルとは言えないけど何か点だけは獲ってる「あの男」の名前がないのはなぜでしょう?

 大熊監督が常々語っている通り今野中心にチームを作るのであれば、その中心選手と同じチームでプレイしている選手を使うほうがいいのではないかと思いますが、ユース年代では無類の情報密度を誇る「日々これひしゃく」の「アンチ大熊選抜」からも忘れ去られている状況では致し方ないでしょうかね。とりあえず「あの男」はどうやら捻挫も治ったようで、紅白戦ではAA2トップを組んで相川の落としを決めるという鼻血モンのパターンで得点したそうですので、最終節の広島戦、そして天皇杯でアッピールしてもらいたいと思います。

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